山陰の絶景「餘部橋梁」【鉄道遺産】

餘部橋梁撮影スポット 旅行日誌

多くの人々を魅了し続ける橋梁。それが山陰本線餘部橋梁です。そんな橋を今日はご紹介します。

餘部橋梁の歴史

餘部橋梁は、1912年(明治45年)に完成した橋梁です。鮮やかな朱色の鉄橋の風景は山陰地方の名所となるほど人気がありました。現在は二代目に当たる橋梁でコンクリート製になっています。

旧鉄橋も2010年に廃止となり現在の二代目橋梁にバトンを渡しています。そんな初代の橋梁は約98年間使用されました。鉄橋の対応年数が約40年とされているため非常に長く活躍したことになります。

初代鉄橋時代の特筆すべき歴史として「餘部鉄橋列車転落事故」は国鉄史上に残るものです。1986年に回送中の列車が突風にあおられ転落、直下の工場に直撃し6名の死者を出す事故となりました。事故の原因は風速規制を超えていたにも関わらず運行を続けたことによるものだと言われています。

餘部橋梁

餘部橋梁へは餘部駅が最寄り駅となります。自動車で訪れる方は「道の駅 あまるべ」を目指していただければ大丈夫です。

まず目につくのが天高くまで登っていく「旧餘部橋梁」の橋脚です。

旧餘部橋梁の橋脚部

約40メートルにもなるこの橋脚が旧餘部鉄橋の橋脚です。現在は、3つの橋脚のみが保存されています。この橋脚の上は「空の駅」という展望施設へと作り変えられています。

展望施設へは橋脚のすぐそこにある餘部クリスタルタワーというエレベータを使用することで上がることができます。

鉄橋展望台「空の駅」

エレベータを上がると非常に展望が良い場所になっています。日本海から餘部の街並み、そして現在の山陰本線を見ることができます。

展望施設から少し歩いたところに「餘部駅」があります。住民の方はこのエレベータで上がって駅に向かわれる方もいるようです。

この餘部駅は住民からの強い要望があり建設されました。当時、鉄道を利用するためには列車の合間を縫って餘部鉄橋とその先のトンネルを歩いて隣の鎧駅に行く必要があり非常に危険でした。

そのため餘部駅の開業は住民の大きな願いだったようです。実際、駅の建設時に住民を駅づくりを手伝ったことが伝えられています。

餘部橋梁撮影スポット

線路の下をくぐり駅の反対側の丘まで行くと撮影スポットがあります。日本海と餘部の街並み、そして現在の橋梁を列車が渡る姿を見ることができます。

現在の橋梁は、コンクリート製で旧橋梁のイメージを継承する橋として現在のデザインが採用されています。当時よりも風や雪、音に至るまで配慮がなされています。

特に風の面では、アクリル板を設置することにより、旧橋梁よりも運行可能な風速を向上させています。これにより運休率を減らす努力がされています。

今も昔も山陰地方の人気スポットである餘部橋梁。その歴史は非常に長いものです。その歴史と雰囲気を訪れて肌身で感じてみてはいかがでしょうか。

■ご紹介■

道の駅 あまるべ/山陰海岸ジオパークの中心地、余部で日本海の旬の味が楽しめる道の駅です
山陰海岸ジオパークの中心地、余部で日本海の旬の味が楽しめる道の駅です。

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